清原和博が覚醒剤所持

先月水戸市場の開かれた2日の深夜 清原和博が覚醒剤所持で逮捕された。
覚せい剤打たずに ホームラン打とう。警察庁の1987年7月の「覚醒剤等薬物防止強化月間」の啓発ポスターの
モデルとして起用され、その際に添えられたコピーです。清原の黙示録。

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下記にも記載しています,プロ野球入団時の2人の確執がそのまま引きずっているかのようですが,
4日 清原への PL高校時代,KKコンビ,桑田真澄の3つのコメントが聞かせるし 説得力があります。

1.野球には3つの側面
僕は彼ともよく話をしたんですけど、野球には3つの側面がある。
1つはプレーする野球。現役時代はプレーで全力で見せていくということが大事。
引退した後は何があるかというと、支える野球と見る野球だと思うんですよね。
我々2人はまだゆっくり見るというのは早すぎだな、
次のステージだと思うんで、引退したこれからは支える野球を全力でやっていかなきゃいけないと。
支える野球のステージでも、4番でありエースになれるように、これからしっかり野球界を支えていこうという話もしていました。
そこにうまく移行できなかったんじゃないかなと。
気持ちの切り替えがね。いつまでもプレーする野球の4番バッターでいる自分が忘れられなかったというか、
変わり切れなかったというかね。そこが非常に残念なことでもありますよね。誰もが引退するわけですから、
プレーする野球ではなく支える野球でエースなり4番になれるように、
僕自身、そうやって意識しながら勉強させてもらっているんですけど

2.自分の人生には代打もリリーフもいない
今言えるのは、野球にはピンチになれば代打とかリリーフがあるんですけど、
自分の人生には代打もリリーフも、いないって事ですね。
それで彼は良く理解できると思うんですね。

現役時代に数々のホームランを打ってきた男ですから
また自分の人生でも綺麗な放物線を描く
逆転満塁ホームランを打ってもらいたいです。

3.野球に恩返しをする使命がある
プロ野球の実績だけではなく、高校野球の実績、学生野球、アマ野球、プロ野球に恩返しをしないといけない使命がある

桑田真澄もかつて悪い話ばかりだった。約30年の月日が彼を変えたものは何か 努力か精進か?
PL学園の清原和博と相思相愛と見られていた巨人が、同じPL学園で早大進学を公言していた桑田真澄を強行指名。清原は巨人に裏切られた,ドラフト密約
桑田が野球賭博に関わっているのではないかという疑惑が浮上したこともあったし
不動産投資に失敗して約20億円とも言われる借金を抱えてしまったこともある。
このように確かに桑田がダークな印象が強かったが、
長年耐え続け 野球に対するひた向きな姿勢を見せ続けることで マスコミやファンの信頼を勝ち取った。
2009年1月28日、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制コースに合格
2010年3月25日、総代首席で修了。修士論文の題目は「『野球道』の再定義による日本野球界のさらなる発展策に関する研究」。本作で最優秀論文賞を受賞。
2013年1月下旬からは、東京大学の硬式野球部で特別コーチを務めている。
2014年3月には、硬式野球部の特別コーチを務める東京大学で、大学院総合文化研究科の大学院研究生に合格。
桑田の自伝 心の野球(幻冬舎)を読むと
高校一年のとき 清原と違って 体が小さく非力であったため バッターの心理と配球 相手の癖を研究した。
短時間集中型 徳を積む努力家 読書家で古典文学も般若心教も読む 語彙を増やすため電子辞書を利用 ピアノを弾く。—これでプロになれた,頭を使う,努力家。
彼によればドラフト密約はなかったとのこと。—これは本人と巨人軍,PL学園しかわからない。ただ二人のドラフト後の記者会見場所は何故か別々の部屋だった。

桑田が上記のような世間の荒波にもまれ 渡り抜け 苦労努力した者しか言えない この様な記憶に残る 聞かせるし,泣かせる 3つのコメントを残したのだ。それもインタービューで
しかし何といっても プロ野球入団時の2人の確執がそのまま引きずっていて
贖罪,罪ほろぼしの意味も有り,負い目をおっているようなコメントなのかもしれません。

清原の自伝 男道(幻冬舎)を読むとその時の確執を引きずっていて
治りかけたカサブタに無意識にさわるように,
心臓に突き刺さった小さな棘,
靴の中に入った小さな石のように二人の間に挟まっていた。
事程左様に記載されているのです。如何にもゴーストライター風ではありますが,文才もあるようだし,他人への感謝の心もある,これを今後生かしてもらいたいのです。

世の中を見れば 彼らはまだまだ若い 47,48歳。同じ世代でまだ結婚していない人も多いのですから。
将来 桑田を何処かのチームが監督に据え
清原和博をコーチに迎えられたらとの 甘すぎる夢を見るのは 筆者一人でしょうか
覚醒剤の再犯率は70%以上と云う,立ち直るのは非常に難しいことではあるが どう立ち向かっていくのでしょう。

戦後覚醒剤 所謂ヒロポンは下記のごとくある期間 合法で,知り合いの先輩にもヒロポンを打っていた人がいました。
しかしその人たちは60歳前半までには皆亡くなっているのです。
1949年(昭和24年)、日本国政府はヒロポンを劇薬に指定、製造業者に対し、覚醒剤としての製造を禁止するよう勧告し、
1951年(昭和26年)に覚せい剤取締法を施行したことに伴い、日本国内では、覚醒剤の使用・所持がすべて禁止されている。
ヒロポンの名は、「疲労をポンと取る」にも掛けているが、英文綴りに見られるように、
ギリシア語のΦιλ?πονο? philoponos(ピロポノス/労働を愛する)を由来としている。

先月の水戸の市場では長嶋茂雄3箱一括が5000円で落札されました。
古い野球界もまだまだ捨てたものではありません。
古い古書業界も捨てたものではありません。拾ったものですから

何が出るのかわからない(薬物は出ません コーヒーは出ます),
掘り出し物のある(彫り物はありません 拾い物はあります),
わくわくする(迷惑,手錠はかけません 手をいれ,縛り直します),
水戸の市場に覚醒 乞う御期待

追記 彼らの本は図書館で借りて読みましたが
あまりに面白く感動したので(特に桑田) 2冊とも 文庫をアマゾンで購入してしまいました。
皆さんもドウゾ読んでください。お薦めです。

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