守破離という言葉

守破離という言葉をご存知でしょうか

昔の頃に教わった言葉でした。
意外なところでもこの守破離の歴史があります。
今回の東北地方太平洋沖地震の福島第1発電所の崩壊もこの守破離の歴史を踏んでいるのです。

守破離
守破離(しゅはり)は、日本での茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つ。
日本において上記の文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想でもある。

とネット上のウィキペディアでは表現されています。

中国から伝わった 漢字 茶道 仏教 の歴史を紐解いてみると 上記の
守破離の歴史が分ります。

これを海外からの文化技術輸入の場合として観ますと

大きな項目下記になると思います。
1.飛鳥奈良時代 漢字 仏教 暦 等技術の伝来
2.戦国時代 鉄砲の伝来
3.明治時代 西洋文化の伝来
4.昭和時代 アメリカ文化の輸入

守破離はもともと、世阿弥の『風姿花伝』にある「序破急」にインスパイアを受けた千利休が、茶道の作法を詠んだものに出てきます。
「守」=あらゆることには基本がある。最初は基本を忠実に守り模倣し習熟し、
「破」=次にそれを自らのものとして応用し、
「離」=最後は型から離れ自由自在になるというようなこと。
基本を十分にマスターしたら、「Breakthrough(ブレイクスルー)」≒「破→離」を目指すということでしょう。

 
 例えば、千利休の歌では
 「守りつくして 破るとも 離るるとても 本を忘るな」
 この 本を忘るな これが大事ですね。
 
 
 それでは 今回の東北地方太平洋沖地震の福島第1発電所の登場です。
 
 今回の東北地方太平洋沖地震の福島第1発電所の計画は
 アメリカのゼネラル・エレクトリック社(GE)の設計によるもので
 福島第1原子力発電所の1号機から4号機まで全く同一設計(1968年頃)です。(守)
 ちなみにその後の他の原子力発電所は
  福島第2原子力発電所になると一部設計変更し日立東芝東電の設計思想が反映。(1978年頃)(破)
  その後の宮城県の女川原子力発電所では日本独自技術が反映。(1988年頃)(離)
 このように設計思想が10年刻みで守破離の過程を踏み変化しています。
 
 その内容をみてみると 例えば福島第1原子力発電所 製造据付発電に関して言えば
  1.図面の1インチの単位 普通は25.4mmで換算するものを 25.400 と千分の一ミリ単位まで換算していた。(今考えると何の意味があったのでしょうか)
  2.福島第1発電所の1号機から4号機まで全く同一設計(アメリカGE社) 製作会社が日立か東芝の違い(1F1,1F2,1F3,1F4 イチエフと称する 漫画でおなじみ)
   2.1 日本では電圧は100V,200Vが普通であるのに それが440Vのアメリカ標準を採用したのです。
   2.2 電源喪失の際 いくらバッテリー車をもってきても 電圧が違う コンセントが合わない 全く対応が出来なかったのです。
   2.3 非常用発電機及び非常用原子炉給水ポンプが1階に在った事。(米国は地震の津波より竜巻に対する対策優先のため上部より1階に設置の設計思想)
   2.4  上記2点の結果原子炉冷却水の補給がされずに原子炉溶解につながる致命的な結果に。
 
 福島第2発電所(2F1,2F2,2F3,2F4 ニイエフと称する)では
  1.電圧が440Vから200Vに設計変更された。(日本標準)
  2.非常用発電機及び非常用原子炉給水ポンプが2階以上にあるよう設計変更された。(地震の津波対策) 
  このように一部設計変更が反映され 原子炉冷却水の補給がされていたため原子炉溶解には至らなかったのです。
  また宮城県の女川原子力発電所でも日本独自技術が反映されており同じように原子炉溶解には至らなかったのです。
  たまたまではなく状況に対応変化した守破離の過程を踏んだ設計思想が根底にあったのです。
 
 拙い経験から技術的検証を行いましたが,このような検証が中々世上には現れてきません。
 
 芸術 技術,変革 革新等いろいろな変化がありますが
 上記の例をみても 特に島国の日本には 将にこの守破離の思想が生きていると考えています。

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