富岡製糸場

この季節の二十四節季は小満(しょうまん)で 5月21日頃(2014年は5月21日)です。
陽気が良くなって、万物が次第に長じて天地に満ち始めることから小満と言うのだそうです。
ようやく暑さも加わり、麦の穂が育ち、山野の草木が実をつけ始め、紅花が盛んに咲き乱れます。
梅の実がなり、西日本では、走り梅雨がみられる頃です。
ちなみに七十二候では  蚕が桑を盛んに食べ始める頃  蚕起食桑です。
いい季節になって参りました。

さて 世界文化遺産に 昨年から今年にかけて  富士山 富岡製糸場が登録されました。

世界文化遺産になるには それ自身の価値もさることながら
長年の努力の積み重ねも必要となります。

富士山からのおくりものには 例えば湧水 では
三島周辺の湧水群  柿田川と川沿いの遊歩道 それにつづく 三島大社 三島梅花藻の可憐な花 心が洗われます。
白糸の滝は、富士山白糸溶岩流の末端から芝川へ注ぐ、流麗な滝です。
北麓では山梨県忍野村の忍野八海 そのほか沢山あり 枚挙に遑がありません。
富士山の湧水に関しては,三島市周辺を例とすると,5年~30年の滞留時間と謂われています。

fuji

    富岡製糸場は

1872年(明治5年)の開業で 群馬県富岡に設立された日本初の本格的な器械製糸の工場です。
フランスの技術を導入して設立された官営模範工場であり、器械製糸工場としては、当時世界最大級の規模を持っていたとのことです。
木骨レンガ造の建造物群が重要文化財に指定されており。工場の内容も然る事ながら素晴らしい景観を誇っています。

tomioka

1939年から運営してきた繊維会社「片倉工業」(東京都中央区)が、
87年の操業停止後も2005年に富岡市に移管されるまで施設を維持し,88年には地元に市民団体もでき、
保存の機運は高まりました。03年に世界遺産登録を目指す構想を発表した群馬県も、富岡市とともに担当課を置くなど保存に努めた
結果 世界文化遺産登録となったのです。

フランス人技術者の製糸技術を導入し、生産システムを作り上げた点も、イコモスに「普遍的価値」の一部分として評価されたとの事です。

◇売らない、貸さない、壊さない 維持に億単位

富岡製糸場が創業当時の姿をほぼそのまま残して保存されてきたのは、民間に払い下げられた後、
1939年に経営を引き継いだ繊維会社「片倉工業」の存在があります。87年の操業停止後も当時の経営者は
「売らない、貸さない、壊さない」の3原則を掲げ、2005年に富岡市に移管するまで、
億単位の維持費を毎年負担してきたのです。世界遺産登録勧告を受けて、
岩井賢太郎市長は「製糸場をしっかり守ってくれた片倉工業に心から感謝とお礼を申し上げたい」と述べました。

このように何においても長い間人に知られない下積みが無ければ 華が咲きません。

どこかの組合長も片倉さんと言いますが 同じように
「(本しか)売らない、(金を)貸さない、(人間関係を)壊さない」の3原則を掲げているそうです。本当ですか?   

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